10月1日 土曜日
(「単なる水」こそ、永遠なるサプリ)
どこで 成 長 するのか
成長するなどと書くと、偉そうな事を言うなよと、言われそうで・・・・ちょっと言うか、うんと腰が引ける。
勝俣部長は常々、「成長の場」を幾つかに区別して考えて来た。
古い人間の私が言う「成長」とは、自分を「律してくれるモノ」・・・・こんな理解である。
・家庭での成長(律しられ方)
・学校での成長(律しられ方)
・社会での成長(律しられ方)
そして、
・会社での成長(律しられ方)
である。
中でも、最も威力ある成長(律しられ方)は、金銭的な欲求を求めるため、「会社」にあったと思う。
「躾けられ無ければ損する」との、・・・・ある種の打算が、成長(律しられ方)を促進したのである。
挨拶の仕方、話の仕方・聞き方、お酒の飲み方、報告書の書き方、・・・・など、上げれば切りが無いほど、私は、会社で成長(律しらた)したと感謝している。
昨今、家庭は怪しい、学校も怪しい、社会も怪しい、・・・・こんな中、最後の砦が会社教育であった。
ところが、この会社での成長が怪しくなってしまった、・・・・と思う。
その最も大きな要因は、・・・・単純に言えば、白であろうが黒であろうが、「稼ぐ奴」が抜きんじる社会、・・・・「実力型社会」が形成されたからだと思う。
この実力社会は、コンピューターの発展で、いよいよ完璧なものになって来た気がする。
ところが、このタイプ(実力社会)は、最も日本人には馴染まないタイプだと、・・・・そう思えてならない、・・・・。
その結果、弊害も数多く見え出している。
コンプラインアンスなどと、・・・・取り立てて声を上げずとも、日本人なら、誰もが持ち合わせた資質が、失われつつある。
資質の変わりに、文章(条文)で律しようとするから、・・・・やはり、「和もって 尊っとしとなす」の、日本人には馴染み難い。
その点、お隣りの「中国」の皆さんは、「米国型実力社会」がよく似合う。
今のままで進むと、残念ながら日本は、中国にどんどん離されて行く、・・・・それは、国の制度だとか、組み立てかただとかに関係無い。
ともすれば、国挙げて、コンプラインアンスが素通りしてしまう彼の国には、・・・・この「タイプ」で勝負する限り、とても適いっこ無いのである。
あああ、・・・・あ。
つづく。