勝俣部長の健康体質作り・・・・高尾山「健康を体感する」(322)

8月23日 火曜日

                        



   (「単なる水」こそ、永遠なるサプリ)
高尾山  300回登山の教訓  その2


 「体力の有る無し」を、何で感じるのか。
 何回か登る内に、登山が多少「楽」になり、・・・・おお、俺、大分体力が着いて来たな、と、思うようになるものと考えていた。
 ところが、何回登っても同じ程度の疲れ方を、感ずるのである。
 何度登っても、登りは嫌だ。
 実際、300回目の登山も、最初の頃と同じように激しく疲れた。
 登山中は、・・・・特に登りにあっては、体力が着いたとか、着かないとかの判定は無理である。
 登りにあっては、私は未だに「体力無し」なのだ。
 ところが下山後の身の動きには、目を見張る程の差が出て来た、・・・・すなわち、見事な「体力差」を感じたのである。
 とにかく物凄い「差」である。
  ・最初の頃は、下山後「へたり込む」しかなかった
   洗濯は勿論、何もする気力は残っていなかった
   こんな酒好きが、酒すら飲む気にならなかった
  ・ところが今は、登山した事がまるで無かったように振る舞える
   洗濯は勿論OK
   帰宅後電車で1時間掛ろうが、2時間掛ろうが、何処にでも飲めに行ける
など、・・・・登山して来た事が、一回メシを食べたに過ぎないように、なったのである。
      「年のせいで疲れる」
とは、よく聞く話である。
 確かに加齢により疲労感が増し、「何かしようとする」気力は減退するであろうが、その前に「体力が減退」している事を疑ったらいい。
 自分のペースで体力アップに挑戦し、事後の疲労感の改良が図れたら、全く違った人生に出会ったようになれる。
 全く同じ保持金で、物凄く大金持ちなった気分に浸れる。
 人生万歳が、自然発生的に生まれる。
 皆さん、・・・・「年のせい」にするには、まだまだ早いでっせ。
 「単なる水」と共に今すぐ行動を、・・・・「単なる水」こそ、永遠なるサプリ、を、・・・・体感する事です。
 つづく。

fineaqua -- Home