2月22日 火曜日
(「単なる水」が、あなたを変える)・・・・凡句楽考「酔っぱらい運転は絶対無くならない」・・・・その訳
一昔前の交通事故による死者数は、10,000人前後であった。
その数字が、長い事続いてたと記憶する。
では何故、毎年10、000人前後となるのか。
勝俣部長の節と言うかホラは、次の通りであった。
前年に無くなった10,000人が、俺一人ではたまらないと怨念を働かせ、交通事故死した各自が、自らにノルマを課し、生存者に襲いかかる・・・・そろそろアンタさんも逝きなはれと・・・・。
だから、同数の10,000人になるのだ。
ところがここに来て半減してしまったのだから、勝俣節は何ともサマにならい。
そこで今度は、酔っぱらい運転は何故無くならないのか、に挑戦する次第である。
この答えは、凄く簡単である。
これだけ厳しく取り締まわれば、絶対に注意する筈である。
但し、「ある条件」が付く人が居ることが、無くならない原因である。
「おれ、今日は飲むから絶対運転しないよ、・・・・絶対に運転はしないよ」と、
こう言い切るのであるが、・・・・酔わない内だけの事である、・・・・そう言う性質(タチ)の人がいるのだ。
一旦酒が入ると、手が着けられない。
「なあに、構うものかと、フラフラで運転し出す始末」
こんな輩(やから)が結構いる。
だからこの世から、酔っぱらい運転を無くすのは至難の業である、と言うより絶望的でさえある。
酒を、「気違い水」に変えてしまう人が絶滅しない限り、酔っ払い運転は皆無にはならない。
こんな酔っぱらいに引き殺されたりでもしたら、元も子も無い。
勝俣部長の経験から言うと、前夜にお酒を飲み、8時間後にアルコールチェックしたとき、未だ運転できない数値が測定されることだってある。
「単なる水を」でも飲みながら、気長に待つ事が肝要でっせ。
ファインアクアの浸透性を「たくましく感ずる」日・・・・これがあるんだな、そんな日が・・・・ネ、梅本社長・・・・。
つづく。