勝俣部長の「ため息」4477回・・・・真似乞食

7月29日 土曜日

 

          水戸光圀公「西山荘」 撮:2023.06

 

 

 折角、生きてるだから

後から何とかなる

 

 勝俣部長・・・・1966年、昭和41年、今から57年前。

 社会人として飛び出した。

 会社・・・・東京都、港区、西新橋・・・・旧呼称「田村町」。

 最も苦労したのが、イヤ、 らなく嫌だったのが、営業日報の作成。

  ・文章が一行たりとも書けない

  ・飛び切りの悪筆

 事ある度に、書く事から逃げ回る自分を・・・・人生で初めて明確に知った。

 入社して数カ月・・・・社長、役員、上司、先輩、同輩。

 全員が・・・・私よりマシな事は勿論であるが・・・・。

 お世辞にも、素晴らしい文章を書く状態から・・・・ほど遠くに見えた。

 ・・・・山梨の田舎者が決断

 文章書き方セミナー出席/渡部昇一(当時上智大学教授)、曽野綾子(作家)作品読み漁る。

 ここぞ、と言う箇所を徹底的に書く、写す・・・・大学ノート数冊となる。

 更には真似て書いて見る・・・・真似乞食(マネコジキ)に徹する、徹した。

 その姿勢で時が流れた。

 不思議である・・・・書くことが好きになってしまった。

 真似が肥料となったのか・・・・自分のスタイルが生まれ出した。

 文章は個性である・・・・最後のノートに、時を要してから記した言葉である。

 以来、何十年・・・・あの姿勢のバリエーションが、年を重ね、年を取った。

 結果、どうなったのだ・・・・。

 誰も聞かないから・・・・自問自答する。

 日常起きてしまう、へま、ミス、失敗、非礼と後から知る所作、諸々の無礼・・・・。

 など・・・・マイナスの失態が、 く無くなった。

 後から文章でお詫びする(差し出す)。

 すると、それまで以上に近しくなる(なれる)。

 ★この7月23日、3歳下、実弟逝く。

  彼の近しかった人を可能な限り思い出す・・・・

  ・供養とは1分でも、1秒でも個人を思い出す事であると

  ・一切の心遣い不要

  ・その1秒が供養であると

 既に20人ほど、差し出させて戴いている。

 書くことが、やっと役立って・・・・いるのかも知れない。

 つづきます。

 

 

 暑くても そうで無くても 水を飲みましょう