勝俣部長の「ため息」3675回・・・・かなり微妙

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          目の前の「白幡観音」 撮:2021.3


4月27日 火曜日

 

 

折角、生きてるだから

 覚えている

 

 小池都知事が発した言葉・・・・。

 20時以降の明かり(灯り)を、消して欲しいと・・・・。

 個人的には大賛成で・・・・これを切っ掛けに、今後ずっと続けて貰えればと・・・・。

 年配の方に違いない・・・・コレは「火管」であると。

 戦時中、敵機米国のB29に、日本の主な都市が狙い撃ちされた。

 山梨県甲府市

 勝俣部長・・・・ほんのかな記憶が残る・・・・。

 甲府から20kmも離れて無い鰍沢から、

 空襲警報のサイレンが鳴り出すと、慌てて、

  ・唐笠型のカバーの下の裸電球に、黒い布を巻き付ける姉達を

   (電球の灯りで敵機に発見されない様にと)

 多分、背負われていたのかも知れない、

  ・夜赤く燃える甲府の空 その記憶が微かに残る

  ・また、親たちが借りていた大家(新物問屋)さんの、商品蔵の白壁・・・・

   壊される平成近くまで、黒く塗られて残っていたのである

   (やはり見つけ難くする)

 この「微かさ」なる記憶・・・・かなり微妙だと思う。

 甲府燃えるが・・・・仮に昭和20年(1954ネン)の事とすると・・・・。

 勝俣部長・・・・2歳頃。

 となると年齢的に・・・・日々ご登場戴く貴婦人、

  ・みっくんママ様は 微かな記憶が・・・・かな記憶にと

    (さも無くば頭の問題になっちもう)

 同じく文筆家で博学者の、

  ・螻蛄様様は 微かにも届かず 無しと

    (さも無くば オカルト的異常脳)

 さてさて・・・・灯火管制ならずとも当時と今と・・・・最も違うのは星空の見え方・・・・。

 コロナを機に・・・・現代版灯火管制が是非欲しい・・・・と思う。

 同じ人・・・・居りませんか。

 つづきます。

 

 

 当時の飲み水は 井戸からでした