勝俣部長の「ため息」1317・・・・居直り能力

9月14日 日曜日

                                                 
                                                       (川越市成田山」)



        好き勝手に 言いたい放題
取って代わられる と言う  寂しさ


 時代の変遷を見たら、人間の生み出す能力は(技術は)、それまでのモノを、新しいモノに取って代える技術である。
 太古の昔は全てを「手作業」でしていただろうが、そ厄介さを技術が救い出して来た。
 石炭、石油、電気、自動車、コンピュター、・・・・上げれば切りが無い。
 これらの全てはとても有難い事であるが、人間として、・・・・特に能力の劣る人間には、困った面を齎せてしまう。
  ・取って代える組は いいが 
  ・取って代わられる組が
その困った本人となる。
 IT技術の進歩は、厄介な人間労働を救ってくれているし、遥か宇宙空間へ大使を派遣すると言う「夢」を見させてくれている。
 が反面、仕事場に入り込んだIT技術に、全く対応出来ない人達も一杯いる。
 中には、依然として太古のままの人達もいる。
 どうやら顕著な格差社会とは、ウキウキ「新技術組」対、寂しさ一杯「太古組」かも知れない。
 太古組がモノなら、どんどん捨てれば(破棄)済むが・・・・ホントハ ソウシタイト オモッテル ヒトモ イルダロウナ・・・・人様をそうする訳には行かない。
 それどころか、「不要な無用な費用」がどんどん膨らむだけである。
 勝俣部長もその「太古組」の一人だから、・・・・為す術は、・・・・肩身を狭くして生きる事である。
 が、逆に居直って、態度をデカくして生きてるのだから、「新技術組」も大変である。
 ただ待てよ、・・・・居直りも、一つの立派な能力と考えましょうよ、・・・・。
 つづく。



 今日も一日 水の日に