勝俣部長の「ため息」844・・・・人間の 実力

3月10日 日曜日

                                            



      手遅れになって 健康を知る
出来る こと   出来ない こと


 「3.11」の大災害から、2年が経つ。
 この2年、為すべきことが為せたのか、・・・・新聞・テレビなどのニュースから、
  ・出来たこと
  ・出来なかったこと
の二つに分けて見た場合、・・・・報道の偏りもあってか、出来無かったことが多いように感じられる。
 ただ、である、・・・・出来なかったことをツブさに分析した場合、本当に出来ることが、出来なかったのであろうか。
 為すべきことは、為すべきであろうが、・・・・為せ無いこともある。
 資金、時間、技術、知恵、・・・・様々な要素を投じたところで、「不可」な事ってあると思うのであるが、・・・・。
 それが証拠(推測的証拠)に、仮にあの「東日本大震災」を、1年前に予知し、
  ・飛んでも無く 大きい地震が発生します
  ・津波で 全てが流されます
  ・福島、宮城、岩手を中心に 全滅します
 こう発表されたとしたとき、
我々には、「抗する」手段があったのだろうか、・・・・。
 命が大切と、高台に逃げだす事は、確かに出来るが、・・・・と言うより、出来る事ってそのくらいの事であろう。
 1年後に「来る」ぞっと言われても、多分、仮設住宅の一戸の建設も、進まないであろう。
 東京電力が、福島原発を守るため、津波対策を、本気になって進めたか、・・・・こんな疑問ももってしまう。
 全てが、結果があってからの論である。
 「必要だが、出来ないことだらけ」、・・・・実は我々は、こんな表現の中で呼吸しているのである。
 それを、全部出来る、・・・・全部すべきと騒いだところで、、・・・・結果は、出来る事が出来るだけである。
 行政の問題と言うより、自然に対する、人間の実力に思えて仕方が無い、・・・・。
 つづく。

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