勝俣部長の「ため息」3096回・・・・痛烈なる57年前

12月3日 火曜日

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                                           根津神社 撮:2019.11

 

 

 

折角、生きてるだから

 思い出した

 

 11月30日(土)〜12月1日(日)・・・・茨城県常陸鴻巣水戸市から電車で20分)まで、マイビール作りに行って来た(一行5名)。

 そこはホレ・・・・各駅の旅を旨とする「勝・ご老公」だから、のんびり感と、上野駅から各駅電車に乗った。

 勝俣部長・・・・いわゆる常磐線って、意外に乗るチャンスが少ない。

 全く久しぶりであった。

 日暮里を過ぎ・・・・「三河島駅」・・・・三河島三河島・・・・エエ あの三河島・・・・三河島(列車)事故を思い出した。

 1962年(昭和37年)、5月3日、21時37分、事故発生とあるから、勝君19才の時の事である。

 「列車脱線多重衝突事故」・・・・確か一つの列車の事故では無く、列車同士が重なり合った事故である。

 細長い高架線・・・・線路の幅しか無い・・・・人っ子一人、身を避ける余裕の場所は、全く

無い。

 列車から飛び降りて、そのまま高架下に叩き着けられて人も居た(と記憶する)。

 記録を見ると死者160名とある。

 物凄い事故である。

  ・夜10時前 真っ暗闇

  ・高架上 避ければ落下

  ・逃げ場ゼロmm

  ・幾重にもの複合衝突事故

 結果、160名の命が奪われた。

 時に昭和18生まれの勝俣部長・・・・19才。

 前後の年代の人が居たら・・・・今でもまだまだ元気に・・・・。

 当時と寸分変わらない・・・・余裕幅の無い高架線を、水戸行各駅電車に揺られた。

 思いもしない事から・・・・痛烈なる57年前の列車事故、160名、命を奪われる・・・・

合掌。

 つづきます。

 

 

 事ある度に 水でウガイをしましょう 風邪引きませんから