勝俣部長の「ため息」1540・・・・濡れ 落ち葉

6月7日 日曜日

                                                  
                                                       (長野「善光寺」)



  好き勝手に 言いたい放題
一番身近な 事 なのに


 手や顔を洗ったり、水を飲んだり、新聞やテレビ見たり・・・・これら日常の事柄は、体によほどの異常さが無い限り、自分為すし自分で出来る。
 自分にとって一番身近な行為を、何らかの理由で(体の異常で)、他の人にやって貰わなくてはならないとしたら、大変不自由であり、不便である。
 仮に全くの健康人に
  ・顔を洗って くれない
とか、
  ・ご飯食べさせて くれない
などと頼まれた、やってる上げる方も堪ったものでは無い。
   「この人 頭が可笑しい のでは」
と、精神的異常者となる。
 ところが、この精神的異常者が・・・・どうだろう・・・・昭和10年代、20年代生まれの男性に物凄く居る。
 そう、最も身近な食事が、自分で作れないのである。
  ・洗う
  ・茹でる
  ・煮る
  ・焼く
  ・炒める
 などの組み合わせで、簡単に出来るのに・・・・これが出来ないのだ。
 ご飯さえ炊ければ・・・・これだって電気釜・ガス釜がやってくれるし・・・・後は、赤ちゃん程度の知恵を出せばどうとでもなる。
 俺、精神的異常だったと分かる瞬間は・・・・一様に定年退職した瞬間からである。
 かくして「濡れ落ち葉」と呼ばれる、オゾマシイ人生の終盤期に突入する。
 学識や知識は申し分無くあったのに・・・・知恵が無いために、己の業が為す・・・・自分に一番身近な、精神を病んだ自分・・・・である。
 つづく。


 水くらいは 飲めますよね