勝俣部長の「ため息」1645・・・・名刺の効用

9月30日 水曜日

                                                  
                                                       (「鎌倉」にて)



好き勝手に 言いたい放題
 識 別 能 力


 先日「名刺ホルダー」を整理して見た。
 仕事が営業関係の事もあってか、己の人生規模にしては、かなりの枚数が溜まっていた。
  ・ええと この人はもう関係無い
  ・この人は 死亡しているから 勿論捨てる
  ・ええと この方は九州に転勤した もう戻らないだろから いいや
などと整理をしながら・・・・考えた。
 整理出来るのは、何らかの識別基準を・・・・曲がりなりにも持っているからである。
 この自分が所有する識別数と言うか、識別能力と言うか・・・・一体どの位の規模があるのだろうか。
 仮に1000人を識別出来るのが、勝俣部長の能力として見よう。
  ・1001人目を覚えようとしたら 記憶中の人が能力外とし 記憶から締め出されるのだろうか
  ・新規追加する必要が無い場合 ポツンと記憶から消える事ってあるのだろうか
  ・識別能力は 年令に関係があるのだろうか
などと考え出したら作業が進まず、またの機会にと・・・・変な結果を招いてしまった。
 そうそう・・・・識別過程で面白かったのは、名刺を見て(文字だけの読み取り)
  ・顔が浮かぶ
  ・うんうん 居た居た 程度の人
  ・はっきり覚えて無いが たしかに 居たかもなあ
などと、記憶の鮮明度が違う事である。
 鮮明度は、取引額の多寡だけでもないし、会った回数だけでもないし、飲んだ回数だけでも無いし・・・・。
 気不味い仲になった人なんかが、案外鮮明だったりして。
 何れ、残した名刺の識別作業をしたとき・・・・能力が極端にダウンしていたならば・・・・年令的に認知症入門かな、かな。
 名刺って、後の人生に役立つものである。
 つづく。


 今日も 水から始まります