1月24日 土曜日
好き勝手に 言いたい放題
法治国家 ならぬ 情治国家
我々は、物事を見る(評する)場合、法律の下では無く、個人の感情(気持ち)で判断す事が殆どである。
詰り「情」で判断するから・・・・法治ならぬ情治と言えるか・・・・。
個人個人の感情は無数にあるから、この基準で国家が運営されたら、たまったモノでは無い。
表現的には、ゴチャゴチャ国民的国民になる。
法律の必要性と、裁きの専門家の必要の所以である。
他の国もそうかであるが・・・・どうもお隣さん・・・・韓国さんを見ていると、日本より遥かに高激怒的な「情治機能」で、事が裁かれてしまう・・・・そんなように見えてしまう。
・産経新聞ソウル支局長の問題
・ナッツ事件の 我が儘オバサン問題
ナッツの出し方が悪いとして、社員を怒り飛ばし、ドヤしつけ(ひっぱ叩いたかも知れない)、飛行機を止めてしまったオバサン・・・・確かに悪いが、日本で裁かれた場合、果たして逮捕されるまでになるのだろうか。
この二つの問題・・・・共に韓国内国民の感情に便乗し、法律より「見せしめ」的な裁きに見えて仕方が無い。
情的裁きに大拍手する韓国人・・・・分からぬでもないが・・・・情によって裁きをする「司法関係機関機能」だとすると・・・・「超・未熟国家」ではないか・・・・(怖い)。
つづく。
寒い朝 震えながら 水一杯 コレって 健康です