9月25日 火曜日
大切な事(健康)は 手遅れになってから 分かる
人は 動 物 だから 動く もの
当たり前の事であるが、人は植物では無い。
動物である。
漢字は絶妙に出来ていて、「動くもの」と書く。
だから、動かなければ、動物で無くなる。
動物でなければ、人では無くなる、・・・・そう言う事になる。
不幸にも病に倒れ、動きたくとも動けない、・・・・植物人間と呼べれる人はともかく、動けるのに動かない人こそ、勝俣部長は、「真の植物人間」と呼ぶ。
効率の面から言えば、通勤なんかを止め、在宅勤務に軍配があがる。
ただ、効率はあがるが、動く事は減る。
100%在宅勤務となる定年退職者の、最大の弊害がここにある。
ITの普及は或る意味、・・・・本来なら動くべき人から、動きを奪い取ってしまう機械だとも言える。
つまり、「真の植物人間」を大量生産してしまっている。
秋葉原のあの大量殺人事件も、最近の意味の分からない不気味な事件も、・・・・動きを捨てた結果ではないかなどと、思ってしまうが、・・・・あながちトンチンカンな見方でも無いかも知れない。
一日に250歩も、歩かない人もいるようだし、限りなく0歩に近い人が、どんどん増えそうである。
こう考えると、通勤地獄を味合うのも、雨の中を進むのも、嵐の中を突き進むのも、人が人でいる為の、重要な行為である。
健康維持に、そう、身も心も健康でいるには、「効率・効率的」はなるべく遠くに置いていた方がいい。
動きを止めた人から、人で無くなる、・・・・人間、動いて「なんぼ」のモノである、・・・・。
つづく。