勝俣部長の「ため息」1287・・・・メモ 魔

8月7日 木曜日

                                                  
                                                    (戸田ボート競技場「観戦スタンド」)



     好き勝手に 言いたい放題
最早 家族 でいる 意味が無い


 勝俣部長、・・・・新聞でも本でも、ラジオでもテレビでも、ハッする言葉と言うか、オヤっとする言葉に接すると、メモを取る癖がある。
 そして、一応整理を着けると捨てる。
 昨日机の端っこから、
  「最早家族でいる 意味が無い」
と書かれたメモを見つけた。
 出所も日付も書いてないから、きっと酒を飲み、かなり酔っ払って書いたメモに違い無い。
 残念な事に、何も思い出せない。
 ただメモを見て、・・・・家族でいる意味が無いとは、・・・・穏やかで無い言葉である。
 ところがある意味、自分本人がそうかも知れない。
 それで酔っ払いながらも、メモを取ったのかも知れない。
  ・子供達は育った
  ・カミさんは 48才の若さで他界した
  ・子供達は それぞれに家庭を持った
  ・それぞれに 遠くに住む
  ・本人は 未だ現役仕事人である
  ・会うのはせいぜい 年1〜2回
 と繋げれば、最早「家族でいる意味は無い」・・・・と、繋がら無い訳では無い。
 が、この状態こそ最も望ましい姿であると勝俣部長は考える。
 それぞれの事象には、時期があり、時分がある。
 懸命に育てた時期があり、時分があった。
 懸命に心配し、祈った時期があり、時分があった。
 無いのではなく、在ったのだ。
 それでいい。
 稚拙なエッセイ「(家族)他人化のススメ」を、お読み戴きたいのであるが、・・・・残念。
 つづく。


 水 飲んでますか 真夏ですよ