7月3日 木曜日

40年前、1985年、ドイツ、ハイデルベルク・・・・ネッカー川の夕陽
天才老人美しさを求め行く
・・・・自然、と言う事か
住んでる集合住宅から車で出掛けるとき・・・・。
行先に応じて・・・・走り出す順路が決まっている、イヤ決めている。
例えば、JR南浦和方面に行く場合・・・・!
駐車場 ➨ 右折 ➨ 右折 ➨ やや進むと小規模な横断歩道。
当然、一時停止が義務付けられている。
ただ、タイミングにより、車と(私と)、歩行者とが譲り合う形となる。
両者・・・・目線が合っての事である。
そんなとき私は・・・・迷わず、100%、車内から手を指し示す格好で、どうぞどと
促す。
その時で有る。
目が合っているから・・・・歩行者から、私の促す手は確認出るが、私の声は聞こえない。
それは分っているが・・・・必ず、
♪どうぞどうぞ♪
の声を発する、イヤ 発していた事が・・・・昨日、自覚出来たのである。
場所を問わず・・・・何処であっても、譲るを促す場合、声と共に行っている。
いたのである!
82才の今、昨日・・・・小規模な横断歩道を前に、自覚出来たのである。
それだけでもう・・・・天才老人である!
考えたら我々は・・・・!
・そう それそれ
・いいぞ いいぞ
・やれ やれ
など・・・・声が聞こえないのを承知しながら、声を発する事が多い、のでは無いのか?
手を振る事を、演技とするならば・・・・。
声を出す事で、
・真に迫る演技にしたい
心から譲りたいとする、精神の表れである・・・・そんな気がする。
生成AIとかの場合は・・・・どうなんだろう!
*深大寺螻蛄様・・・・遠慮は無用、お先にどうぞどうぞ! 最大の優しさの表れである。
つづきます。
夏だ 戦おう うおー