勝俣部長の「ため息」5075回・・・・何か無いか

3月28日 金曜日

 

            現在地に立ちました?

 

 

 天才老人美しさを求め行く

昭和100年!

 

 今上(キンジョウ)天皇のお爺様にあたる・・・・昭和天皇様。

 もし、お亡くなりなること無く、存命していたとするならば・・・・!

 今年の年号は・・・・昭和100年。

 その昭和が去って36年・・・・平成が30年間だった、令和が6年過ぎた

 昭和天皇様、88才、昭和63年、ご崩御・・・・。

 だから計算上は・・・・124才になられる。

 昭和18年生(1943ネン)まれの・・・・。

 昭和63年を・・・・前期、中期、後期と分ければ・・・・。

 昭和の前期に分類されるが・・・・。

 生まれ、育ち、死ぬ・・・・の、完全昭和人では無い。

 昭和が本流、平成が支流・・・・令和はチョロチョロ水脈か、余り水。

 記憶に残る我が昭和期・・・・。

 先ず、何と言っても、毎日・・・・腹がっていた。

 年がら年中、口から出る言葉は・・・・何も食べ物が無いのを承知しながらも!

  母親を見るなり・・・・何か無い、何か無いか!

 飢え状態の毎日であった事は・・・・鮮明に記憶する。

 *多分、みっくん母さんはこの限りでは無いと思う

 冷蔵庫は無く、電話は無く、給湯器は無く・・・・。

 あれもこれも無く、無く、無く・・・・だった。

 勿論、自宅に風呂は無く・・・・いわゆる銭湯に行った。

 真冬、風呂から帰るとき・・・・使ったタオルを振り回す!

 瞬く間に・・・・棒状った。

 寒さ指数・・・・今の北海道並みであったのかも知れない。

 なのに満足な食べ物が無い・・・・でも風邪を引いた記憶は無い。

 父親が毎夜、安酒を飲みながら肴にしていた・・・・湯豆腐が鮮明に残る。

 時代は、理解不能までに変わったが・・・・。

 何か無いか・・・・だけは口を吐(ツ)く事は無い。

 有難い・・・・時代で呼吸している。

 感謝。

 つづきます。

 

 

 水だけは不変