勝俣部長の「ため息」3581回・・・・鮮烈なる記憶

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           「塔のへつり」 撮:2020.12


1月23日 土曜日

 

 

折角、生きてるだから

 頑張ります

 

 先日、同じ年恰好の人と、入社当時の話しになった。

 昭和41年(1966年)4月1日・・・・今をさかのぼること55年前・・・・晴れて社会人初年兵となる。

 3カ月の工場作業研修(神奈川県平塚市)後、当時の組織名「営業1部1課1係」に配属される(東京都港区西新橋)。

 営業部出社初日・・・・直接の上司に当たる、初対面の「係長」さんから(私の6つ上、健康にて上尾市在住)・・・・次の言葉が投げられた。

 本人は覚えていないだろうが、私は今でも鮮烈なる記憶が残る。

  ・内のチームは(係りは)今まで5人構成だった

  ・それが、君が加入したことにより 

  ・1人当たりの売り上げがってしまう事になった

  ・コレって困るんだよな

 配属初日、直接の上司の言葉・・・・聞き漏らすまいと、懸命に聞き耳を立てていた、

青年「勝君」・・・・。

  ・言葉の内容に憤りを含む、かなり複雑な気持ちを覚えた・・・・。

  ・その場から去りたい、かなり複雑な気持ちを覚えた・・・・。

  ・そんなら、辞めたらいいのですかと、かなり複雑な気持ちを覚えた・・・・。

 が、が、一言、でっかい声で、一声

      頑張ります

 55年後の今、思って見ても・・・・あの場では、最も合う言葉を使ったものだと、

感心する。

 頑張ります・・・・そう言えば、その後・・・・自分に向かってたまに問い放つが、

    「よっし 頑張ろう」

などと・・・・。

 相手に向かっては、余り使って無い・・・・そんな場面が無い気がする。

 体力劣化と共に、「頑張り力」も劣化して行く。

 の息程度になったら・・・・もう、頑張る必要はありませんよ・・・・だよな。

 頑張ります・・・・若い人の似あう言葉である。

 つづきます。

 

 

 水を飲み飲み 頑張りましょう