勝俣部長の「ため息」3112回・・・・幾ら欲しいの

12月19日 木曜日

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                       さいたま新都心「けやき広場」 撮:2019.12

 

 

 

折角、生きてるだから

 変 な 奴

 

 勝俣部長・・・・最初に「こいつ 変な奴」と言われたのは、19才の時である。

 当時住んでいた山梨県富士吉田市は・・・・海抜600〜700メートル。

 冬は堪らないが・・・・夏場は天国。

 学生の夏休みは長い。

 知り合いの紹介で、近くの鉄工所にアルバイトに行った。

 鉄工所と言ったって、オヤジさんが一人で切り盛りする超零細。

 (公園の遊具や 家の手摺りや階段などを手掛けていた)

 初日の事である。

   「こんにちは! 勝俣です 本日から宜しくお願いします

    一生懸命働きますから・・・・」

 そのオヤジさん、

   「ところで ら欲しいの・・・・」

 アルバイト料の事である。

 考えたらアルバイト料・・・・全く気にせず、決めてなかったのだ。

  (今ならあり得ないだろう)

   「幾らって・・・・働きを見()てから決めて下さればOKですから」

   「あんた な学生さんだね」

 以来、1カ月以上・・・・土日を含め 1日も休む事無く・・・・オヤジさんの言う、キツイ(厳しい)仕事を成し遂げた(のである)。

 そしたらオヤジさん・・・・最後に更に一言、

   「あんた 今までに見た事ない 変な学生さんだね」

 ・・・・後日、オヤジさんの奥さんから聞かされたのであるが・・・・今まで何十人もアルバイトに来たが、全員が1週間もモタなかったそうである。

 自分では・・・・大変い「変」だと・・・・今でも思っている。

 尚、オヤジさんは・・・・多分、鉄粉を吸い過ぎたためだろうと思うが、50才を過ぎたとき、肺ガンで亡くなってしまった。

 つづきます。

 

 

 どんどん年の瀬 水を飲んで 風邪無縁