勝俣部長の「ため息」2704回・・・・見事に成長した

10月20日 土曜日

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                                     王子「音無橋」下の散歩道 撮:2018.10

 

 

好き勝手に 言いたい放題

  嗚 呼 山 梨 弁

 

 勝俣部長・・・・山梨の超・片田舎より(田富よりはマシ)・・・・東京に出て来たのが、

昭和41年(1966ネン)4月。

 それなまで慣れ親しんで来た言葉が、遂、飛び出してしまい恥をかいた。

 当時の思い出が鮮明に残る。

 方言と言うより、使い方の習慣・・・・かな。

    「出来る」と「出ない」

    「出ない」と「出来る」

の使い方が・・・・当時の言い方ですると、「出ない」となる(なってしまった)、

のである。

 当時のクラシックギタークラブの、先輩との会話を復元すると・・・・

 (当時社交ダンスが流行っていた) 

    「先輩は ダンス出ますか・・・・」

 こう聞いてみた。

  すると・・・・出るって、一体、ダンス、何処から出て来るんだよ・・・・。

 あれから52年・・・・お陰様で今じゃ

    「先輩は ダンス出来ますか・・・・」

 見事に成長したものである。

 つづく。

 

 

 単なる水こそ 永遠なるサプリ