勝俣部長の「ため息」1365・・・・巡り合わせ に 奉仕する

11月7日 金曜日

                                                 
                                                     (山梨「御坂峠・川口湖」側)



好き勝手に 言いたい放題
幸せ と 仕合わせ 


 仕合わせは「巡り合わせ」であり、良い巡り合わせだけを「幸せ」と言うのだと・・・・「美人の日本語」山下景子著に出ている。
 男女二人がいる・・・・切っ掛けは確かに巡り合わせである。
 そのまま拗(コジ)れる事無く進んだら幸せであり、破綻したら不幸せと言うのかい。
 そうなると幸せって・・・・「仕合わせ」に比べると物凄く安易的で、軽い感じと思ってしまう。
 勝俣部長・・・・男女の間は(家族の間も含めて)、「仕合わせ」であるべきだと思う。
 そう・・・・仕合わせの「」は、「奉仕」するの「仕」であるべきだと・・・・。
 良いこだけを取ると言う発想ではなく・・・・良いところを二人合わせて「作る上げる」・・・・「仕上げる」・・・・こんな気がする。
 「仕上げ合わせ行く」・・・・こっちが断然いい。
 いつまでも仕合わせの精神が・・・・やがて「幸せ」に結ぶ・・・・大ロマンチストの「凡句楽」でした。
 つづく。


 体は 水により 仕合わせとなり 幸せとなる