勝俣部長の「ため息」971・・・・まとまりの無い ブログ

8月2日 金曜日

                              
                                  (群馬県富岡製糸場」)



        手遅れになって 健康を知る
あの穏やかな日々 蛍の光 アゲイン で 壊れた


 勝俣部長、・・・・携帯操作無知により、メールの着信音が「蛍の光」に、セットされてしまった。
 同時に、どうゆう訳か、迷惑メールが山ほど届き出した。
 と言う事で、山ほど蛍の光が鳴りだし、・・・・蛍の光恐怖の曲となってしまった。
 DOCOMOに行き、パソコン経由の受信を完全に遮断した。
 必要以外に蛍の光の鳴らない、実に穏やかな日々となった。
 ここまでは、以前報告した。
 ところが、パソコンから私に連絡する事を常とする長男は、・・・・これは困るとばかり、先日ファミリーで来たとき、皆で食事をしながら、
  ・自分のパソコンと
  ・弟(次男)のパソコン
だけは繋がるように、私の携帯を操作したようだ。
 再度「ところが」となるが、・・・・多分、限定着信操作(こう言うのか知らない)が完全で無く、・・・・またもや蛍の光が、昼夜に関係無く成り出してしまった。
 私からすると、見るのもおぞましいバカなメールがどんどん・・・・蛍の光がどんどん。
  オー 蛍の光 アゲイン 
で、あの穏やかな日々は、短期間で終わってしまった。
 そこで本日も、蛍の光の難解なる2番の歌詞の解説を、・・・・ヤケになりながら、せめて・・・・。
 2番の歌い出だしは、「とまるも 行くも」である。
  ・とまるは 留まる
  ・行くは 出て行く
 勝俣部長の故郷「山梨の鰍沢」を例にすると、
  ・卒業して鰍沢にそのまま住む人も、東京に出て行く人も
となる。
 「心の はしを ひとことに」
 はしは「端」で、沢山の思い出の端々を一言に纏め合わせて、・・・・こんな意味になるだろうか。
 こう考えてみれば、「蛍の光」は実に素晴らしい、歌でありである。
 ただ、どんなに素晴らしくても、山ほど鳴り響いては、・・・・辟易
 昔聞いた名言を思いだした。
 もし息子がグレたら、「そうか じゅや 俺は ボケてやる」・・・・親父はこう答えなさいと。
 その手で行って、
 これ良介(長男の名前)・・・・おりゃ お前のせいで 蛍の光ノイローゼになってやる。
 このブログ、読め・・・・このように「」で締めるのが山梨の方言・・・・例えば「食えし」、「飲めし」、「行けし」などなど。
 誠に変なブログになりました・・・・失礼。
 つづく。


 やっぱし 頼りになるのは 単なる水です