勝俣部長の「高尾登山と健康体質作り」682・・・・意外に 贅沢なこと

9月11日 火曜日

                                  



  大切な事(健康)は 手遅れになってから 分かる
音楽を聞く では無く  音楽が在る 風景 


 音楽と来れば、「聞く」が、まあ、相場である。
 勝俣部長、いつ頃かはハッキリしないが、「聞く」では無しに、音楽が「在る」を意識し出している。
 多分、独居生活になってからの事に違い無い。
 絵や花などと同じで、音楽が、部屋に在るか無いかである。
 家族と言えども、集団生活だから、自分勝手が全てに許される訳では無い。
 嫌な絵なら見なければ済むが、音は否応なしに、耳に飛び込んでしまう。
 私の場合、その音楽は、クラシックがとても落ち着く。
 自分流に言うと、クラシッ音楽は、聞くのは結構エネルギーを使うが、部屋に在るのは、・・・・別に、「耳を澄ませる」必要が無いから、
  ・気楽であり
  ・高級な部屋の飾り物になり
  ・妙に心が落ち着く
そんな効果があるように思う。
 普通の日は仕事で居ないから、土日の朝から、小さな音で流す。
 誰の曲かとか、題名とかは、一切追いかけない。
 今日は、左のCDから聞こうとか、今日は、引き出しのCDにしようなどと、実にいい加減、・・・・イヤ 良い加減である。
 これが実にいい。
 当ブログに、有無を言わさず、何回か登場して貰っている「兄妹」がいる。
 小さいながら、銀座に事務所を持っているから、仕事の時間調整を兼ねて、ときどきお邪魔する。
 いつ頃からか、小さな音量で、クラシックが流れるようになった。
    「俺の 真似 しやがって」
と、内心、心地善かったが、察するに、妹君の演出に違い無い。
 他の人はどう思うか分からないが、事務所の飾りとして、実にいい。
 銀座の、小さな事務所の「音楽の在る風景」、・・・・大きな風景である。
 音楽は聞くのもいいが、在るのが、なぜか、もっと贅沢に思えて仕方が無い、・・・・。
 つづく。

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